「講師業」
今の仕事とは全く異なるのだけど、自分がこうなっていたいなー、と「なんとなく思う、感じる」仕事は大学の先生である。
好きなことを研究しながら、それを誰かにアウトプットし、教えた方々の成長を促進していきたい、、、と思うまた一方で、教えるだけではない、コーチングやファシリテ〜ションにも、大学時代とても惹かれた。
その原点はといえば、自分の学び好きにもあるだろうし、また「それぞれがいいものを多分持ってるし僕も持っていて、それが皆うまいこと出たら皆楽しく生き生きできるんだろうけど、そうならないもどかしさ」を小学校時代感じ取っていたんじゃないか、と最近思う。
ちなみに、将来「大人数の誰かを前に」「何かを教えている」ビジョンはずっと前からたまに浮かぶのだが、具体的にはまだわからない。
果たして、この指向性はこれからどこに繋がっていくんだろうか。
死んだ気でやる
だから道が拓ける。
道が拓けてないのは、自分の中に中途半端さが抜けてないから。
不運や地獄を味わうときこそ、腹を決めて向き合い、乗り越えていくこと。
天然の「魔女」
友人と先日お茶していて出てきた話。
私自身はレイキを扱えるとか、オーラの色がはっきりみえるとかまではいかないのだが、比較的周りにそういうのがわかる人はいる。
で、友人の奥様もヒーラーなのだが、その奥様に、ある人の情報を開示したところ「この人天然で色んな技を使ってるね」とのこと。
何かというと、要は相手から自分の方に(わからないように)エネルギーを引っ張ってきたり、気に入らない相手を遠ざけたり、逆に周りの人を自分の都合のいいように動かしたり、とか。(対象の女性はまだ若いので、おそらく無意識で、天然で、ということになった)。
たまにいるのだが、若いのに不思議なほど人をひきつけたりとか、うまいこといっていたりとか。また、遠目で見てると人をうまいこと動かしてる(コミュニケーションだけでなく、無意識で、とか)人って、今世でそういうテクニックを学んでるか、おそらく前世かどこかで身につけてたんじゃないかと思える。
激しい葛藤
葛藤がある、と書いたら一見ネガティブに思われるかもしれない。
これまで一途に取り組んできたつもりだったが、気付いたらどこかで自分のしている仕事への疑問、矛盾が膨れあがり
気付いたら今、天中殺効果か?かつてなく激しく自分の中で常に問答しあっている。
確か一年前、二年前も葛藤していたが、さらにひどい。
この二年、ある意味成長したかといえば成長したが、ひょっとしたら一年前、二年前に別の道を選んでいたら、もうすこし楽だったかもしれない。
しかし苦難な道を選んだのも自分。
先生にはこう言われた「宿命上、仕事と自分の間で矛盾や葛藤が大きければ大きいほど成長できる」
これまではいた会社のどこでもなるべく疑問や矛盾を考えないようにして、やるべきことに集中しようとしてやってきた感じがある。
だからこそ、今燃え上がっている炎は、燃え上がらせるほど自分のこれまで、これからを考えさせてくれる。
結論は変わらないのだ。それでも考えることに意味がある。また、葛藤があることで見えてきたもの、感じられるようになったこともある。
果たして自分は真なる意味で人生に向き合ってきたか。向き合おうとしてきたか。否。つきつけられるのは、本当に真剣でなかったから今ここに流れ着いたという事実。
それでも大丈夫。変化しだしている。
だが、流れ着いてまたチャンスをいただいて、変化しだしている。