鑑定依頼
お盆最終2日は、連続で算命学の鑑定をさせていただくことに。
昨日は元々別の件でのオンラインミーティングだったのだけど、先方がみて欲しい方がいる、ということで連れてきた後輩の方の命式を拝見。
そして今日は勉強仲間(同期)からの依頼で、その方の知人の命式を拝見。
非常にありがたいことに、今回は2件とも相手からご連絡、依頼をいただいての鑑定となった。(※学び中なので、金銭はいただいていない)
この勉強を始めて2年ちょっと。
元々ベースになる部分の知識?があったから他の同期仲間より勉強のしやすさはあったとはいえ、まだたかが2年。この学問の学徒としては多分赤子同然。
いわゆる格法、局法すら身につけてない現時点での私の知識では将棋で言う金銀飛車角落ちみたいな感じも自分であるが。(かと言って、師匠を無視して先走って勝手に先の知識をつけるのも良くないのだ)
それでも、今の精一杯の知識、自分なりの言葉でお伝えし、結果お二方に喜んでいただけたのは嬉しかった。
最近になり気づいたのは、算命学の世界観を自分に落とし込んでいくにつれ、今までと別の感覚が湧いてくるのでは、と言うところ。
ひょっとしたら半年後?1年後?あるいは3年後かはわからないが
縁起、というやつで、算命学に関連する世界により関わっていきそうな予感もしている。
そん時自分は何をしているんだろうなあ。
hspがクローズアップされている事について
地元の本屋を見て気付いたのだが、いわゆるhsp、繊細さんの為の本が最近ちょっと目につくような気がする。
いや、気がするというより、業界の戦略としてプッシュされてるのかもしれないが。
たとえばマスク騒動しかり。日本人って周りをやたら気にしすぎる気質があるのかなあ、と最近思う。
周りと同調すること。それは確かに日本の島国の住民の生きる術として身に付けるもの、かもしれない。
ただ、もし日本人にhspやエンパスが多い所以が
その同調圧力に関するものからきてるならば。
生きるために身につけた戦略がその人の首を締めているのだから皮肉である。
あくまで上のは仮説だけど。
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統計は見てないがhspやエンパスが今よりクローズアップされてる、のならば、
それは、元々『繊細でない方の人間』も後天的に周りに対して敏感になりつつある証左なのかもしれない。
たとえばあまりに大量の情報を処理しなければならなくなり、ストレスが溜まりやすくなったとか。
世の中で煽られる不安により気持ちがかなり揺らいだりで自身も不安定になったりとか。
昔から人は、得体もしれない恐怖に名前をつけることで、それに対する不安を和らげようとしてきた。
科学の未発達な昔にあってはたとえば精霊、神、悪魔、妖怪、という風に。
そして今は、それをストレス、病気、などとして合理的に『理解しようとする』。
でも、そのような対峙の仕方は必ずしも正解なのか??
対処療法か、根本療法かでいえば、対処療法じゃないのか??
この世で自分に起きること。それが全て体験すること、という視点でみるならば。
たとえば自分がhspだからこういう対処をする、、、だけでなく、もっと本質を見つめるところから
全てが変わるような気がしてならない。
ONE PIECEと生年中殺
そういやあ、漫画ONE PIECEって白髭やカイドウ、ドラゴン、ガープに象徴されるように、
やけに『父性』が際立つなあと思って、作者の尾田さんの生年月日から調べてみたら。
ウィキで載ってる限りで『みるならば』いわゆる生年中殺もち。
生年中殺は、親との縁に何かあるといわれていれけど。
尾田さんは、その感覚があるからこそ、むしろ漫画に父性愛を投影させているのかなあと。
どうだろう?
継続、と主体性
ここ数ヶ月、今日も感じさせられたのが。
何気ない一見変化のないようなルーティンを一定期間積み重ねることも大切で、
そのときは一見意味がわからず、結果に繋がるように見えなくても
あるとき一気に爆発して、現実面において開花するらしい、ということ。
今日もある場に居合わせたときに感じたけど、その『ある』積み重ねを、結果が出るまで腐らずにできるかどうか。
3年でも、5年でも、10年でも。
結果として得るのは、味わう達成感、感動かもしれないし、金銭的、名誉、免状、資格、人脈、、、
かもしれない。
(今日は、5年続けた方々の場に居合わせたのもあり、その方々から、、、色んな感情を感じた、、、ような気がする。気のせいかもだけど。)
何かを継続、努力し続けられること自体が才能だ、と色んな方が仰っているが。
経営などは別として続ける、だけなら惰性、慣性の法則で続けることもできるものもなくはない。
ワクワク感とか、ネガティブな感情、など感情快楽で続けることも多分できなくはない。
が、
さらに、自分の意思、あるいは使命感などで、『主体的に毎瞬毎瞬自分をコントロールしながら、さらに周りに働きかけながら行い続けることができるかどうか。
(人に影響を与える立場、、の人こそ、それを試されるのじゃないかと)
果たして、そういうものが、今の自分にあるのだろうか?ただ薄っぺらに馬齢を重ねてきただけじゃないのか、と問い直してみる。
たとえば、自分にはまだ10年間継続できたものはない。3年なら、、、、ない、、のでへたれ。
意思でもって積み重ねたら、何か見えてくるのだろうか?
そもそも、自分は今主体的に生きてるか??
ネガティブな意味での守りに入ってないか。
そこじゃないかなと。
とあるイヌイット3名
イヌイットと言っても、ほんまモンでなくいわゆる戌亥空亡、あるいは戌亥天中殺、またあるいは「土星人」と呼ばれる方々。
戌亥人(イヌイット)と勝手に私が名称(^◇^;)
さて。先日私を含め、ある会合で最後に集まった3人が全員この「イヌイット」。
一人は40代前半の、現実が見えているコンサルタントのおじさま(失礼か?)。
対する一人は30代、「夢があり、起業したいです」という若者。
その若者に対し、おじさまは例として過酷な「現実」を突きつける。
そして、やりとりを横で聞きながら
「・・・・とはいえ、絶対もっといい方法あるよなあ多分。(根拠ないけど)」
と感じる自分。
現実より夢や理想、自分の世界を大切にし、またどこか孤独の影もあるイヌイット。
人それぞれ。
「何か」に守られている人々
仲良くなった人と何度か話すうちにカミングアウトされるあるあるが
「私は●●(仏教系の仏とか龍とか)に守られている、、、とミエル人に言われたことがある」というもの。
※私自身は別に俗にいうスピリチュアルが好きなわけではない。
あからさまに中途半端な「スピリチュアルに傾倒してる人」が「私は天使などに守られています(`・ω・´)」というなら間違いなく「あ、この人感じられない人なんだな」と思うけど、最初にあげた方々は少々変わってはいるが、多分、俗にいうスピリチュアルに傾倒してるわけではない方々。
だし、そういう方々の背後には、確かに何か、守っている強い存在がいると言われればそう感じられなくもない。。。
だから、そういうのも多分嘘じゃないんだろうなー、と思って眺めております。
雑記までに。
「3」周目
旧暦で見るならば。
今の会社に入社する前、3月に契約手続きをした。で、その日は、陰陽五行でいうならば「何かを始めるには結構良い日」。
その日から数えて、つい先日120日を迎えた。(なぜわかるかというと、旧暦の干支で日にちを認識しているから)。
ということはつまり、これからいよいよ3周目を迎えるということになる。
振り返って。
業界そのものは初めてではあるが、営業事務に近い仕事は前職以前でもしており、またものの流れなどの考え方は培ってきていたから、全くの未経験者(に近い人)に比べると比較的覚えは早かったんじゃないと個人的には感じる。客観的に見たらどうかわからないが。。。。
実際、今おおよそ4つの業務を回しているのだが、何か頼まれるとき以外はほぼ定時で仕事を終われせられるし、案件の遅滞も今のところない。
が、やや難しいのは社内独特、あるいは個々人によって独特のわかりにくい表現があり、その理解に時間がかかること、社内の雰囲気、人間関係(今でもやや苦手)ソフトの使い方、などなど。
前職は少数精鋭、人の入れ替わりが激しい職場だったせいか、業務マニュアルは極力新人でもわかりやすいように簡素化された部分が多く、故に新人でも「え?もうそんな?」というのを任されたりもしていた。
一方、今の職場は老舗の地場企業、中高年齢のベテラン揃い(若い世代は過去入れ替わりが結構あった模様)。職務も属人化し、「担当にとっては」やりやすい手順でも新人にとってはそうでない。。。というものもある。というか、最初にわたされた(半年前に退職した)前任者の作成したマニュアルを見てすらも、省略されてる部分があったり、独特の表現があったりで最初は全く理解できなかった。
そんなこんなで色々悪戦苦闘が続いてはいるが、とりあえず、ふられた仕事については自身でマニュアルを改めて作り、実行し、完璧に覚えたら今度は「後輩にはいかに教えるか?」「いかにやりやすく、効率化するか」という視点でさらにマニュアルと手順のブラッシュアップに取り組んでいる・・・・
でもやはり。。。
こちら側のミスというわけではなく、社内の仕組み上営業担当などと発生するやりとり。いちいち彼らを捕まえて確認しないと進まない業務もあったりで、それ関連で今日は30分から1時間使ったような。。。。
うーん。